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読了:西部謙司『日本代表戦術アナライズ』

サッカー日本代表戦術アナライズ 歴代監督の「戦術の攻防史」を徹底分析

サッカー日本代表戦術アナライズ 歴代監督の「戦術の攻防史」を徹底分析

 

サッカー日本代表の戦術史を紐解く

本書のテーマは、歴代のサッカー日本代表の戦術分析です。多くの戦術本を世に出している著者・西部さんが、オフト以降のサッカー日本代表の戦術を振り返り、事例として指揮官の集大成とも言えるラストマッチの分析を行っています。

おそらく、シンプルに本年開催のW杯を意識して企画・刊行された書籍だと思われますが、ハリルホジッチ前監督の解任という緊急事態が発生し、後任の西野新監督が「日本人にあったサッカーを目指す」という謎看板が掲げられた現状を踏まえると、タイムリーな内容だったと思います。 以下、本書を読んで印象に残ったことをまとめました。

1.「世界標準」の導入から「日本化」の模索へ

本書の内容を整理するうえで気になったのは、日本代表チームの強化が「世界標準」を取り入れる流れから日本人の特徴を生かした「日本化」を模索する方向に軸足を移していったという点です。

「世界標準」の導入は、Jリーグ開幕に伴うプロ化の流れを受けて就任したオフト氏から始まったと考えられるでしょう。オフトジャパンは「コンパクト」「アイ・コンタクト」等の言葉を用いてチーム戦術を(今風に言えば)言語化、オランダ式のポジション固定型のプレーモデルを採用して攻守のバランスを図る等、代表チームに組織的な戦い方を実装することで躍進を果たしました。

また、本書の解説によれば、オフト以降の代表チームも「世界標準」を意識したチーム戦術を図ってきたことがわかります。加茂周氏の「ゾーンプレス」(ハイライン&プレッシング戦術)は有名ですが、彼の前任者であるファルカンも、当時のACミランが採用していたプレス戦術を志向していたとのこと。日本人選手におけるゾーン戦術の理解度は度々議論にあがりますが、意図的ではないにしろ、90年代後半の日本代表チームはゾーン戦術の実装に継続的に取組んでいた時期と言えます。

そして、両監督が未消化のまま終わったプレス戦術は、細かいディテールを突き詰め、育成年代を含めた徹底指導を施したトルシエジャパンで実装することに成功します。この点も、指導内容に一貫性が無いことから、結果論と考えることができますが、後進国・日本が世界と対峙するために、自然な流れでもあるかなと感じました。

著者・西部氏は「世界標準」を導入する代表強化の流れは、長期的なビジョンを持たない、消極的勝利至上主義のサッカー協会が、トルシエの後任にジーコ氏を招聘するとともに、彼が「個の能力を生かしたサッカー」を掲げたことで大きな転換点を迎えたと指摘しています。

ドイツW杯におけるジーコジャパンの惨敗後、代表監督に就任したオシム氏は「日本サッカーの日本化」を掲げたことで、代表強化は「日本人の特性を生かしたサッカー」の模索に舵を切ることになりました。

オシムジャパンは、多くの可能性を秘めたまま活動を終えてしまいましたが、2度目の就任となった岡田氏もW杯直前まで日本の特徴であるパスワークを駆使したサッカーを志向し、ザッケローニ氏が選手の主張を取り入れて作り上げられた「自分たちのサッカー」も「日本化」を色濃く表現しようとしたものだと考えられるでしょう。

2.「日本人らしいサッカー」とW杯の戦績

本年開催のロシア大会で、日本代表はW杯に6大会連続の出場となります。過去5大会の戦績は、未勝利のグループステージ敗退が3回、ベスト16が2回と極端な結果が出ています。著者・西部氏が「エピローグ」で触れておりましたが、結果を残した2大会に共通する部分は、田嶋・西野両氏が今更語り始めた「日本人らしいサッカー」なる概念を取り除いたサッカーを展開していたことです。

トルシエジャパンはテクニックを捨ててフィジカルとタクティクスで真っ向勝負を挑み、南アフリカ大会に挑んだ岡田ジャパンは川島・中澤・闘莉王を中心とする高さ、本田に代表される前線のフィジカルの強さが武器とする「脱・日本化」のチームを作り上げたことで結果を残しました。

一方、ジーコザッケローニ両監督の「日本化」路線のチームはアジア杯を優勝し、好調時はコンフェデ・強豪国相手の親善試合で善戦したものの、肝心のW杯では1勝も挙げることができませんでした。

もちろん、大会に至るまでの様々な要因が重なってからの結果だと思いますが、こうした傾向を踏まえると、強化委員会における勝因と敗因の分析が充分に出来ていなかったこと、上記のボリスタの対談で著者・西部氏が述べているとおり、消極的勝利主義をベースとする協会が代表強化に向けた中長期ビジョンを描いてこなかった弊害であると考えることができます。

 3.「世界標準」型のハリルホジッチ氏、「日本化」の残光に賭ける西野氏

ハリルホジッチ思考―成功をもたらす指揮官の流儀

ハリルホジッチ思考―成功をもたらす指揮官の流儀

 

本書では取り上げられませんが、ハリルホジッチ前監督は、W杯で対峙するために必要な要素を取り上げ、選手・チームの水準を引き上げるために尽力したことからもわかるように、トルシエ以来の「世界標準」型の監督であると考えることができます。

「デュエル」に代表されるように、従来の特徴を生かすアプローチから、日本人選手が苦手とする部分を克服するための取組を継続的に行い、綿密な分析にもとづいたゲームプランを遂行することで勝利を目指す。自分が現地観戦したアジア最終予選・豪州戦は、指揮官のカラーが濃く出た試合だったと思います。

一方、相手の急所を突く、場合によっては守備的な戦いを実行する戦い方は、テクニックを駆使した「自分たちのサッカー」と大きく乖離するものでした。最終予選後の親善試合で得点を奪えない試合が多かったことから、ハリル氏が志向するサッカーに対して批判が上がるとともに、出場機会を失っていた「ビッグ3」なる勢力を持ち上げる傾向が出てきたのは、こうしたギャップが大きかったことも影響しているのではないかと。

そして、ハリル氏を解任して西野新監督を据えたことを踏まえると、協会の思想は「日本化」の回帰と考えられるでしょう。しかしながら、中長期的なビジョンを持たない協会のトップと新監督が「日本人にあったサッカー」なる甘美な言葉を用いて正当性を主張するのは、正直言って上手くいかなかった時の言い訳にしか聞こえません。

強化委員長=代表監督という強権を持って「自分たちのサッカー」再興を掲げた、デラーズ・フリートのような日本代表チームがロシアで待つのは、残光の輝きか、ビハインド時の吉田麻也にロングボールを放り込む悪夢の再来か。

〇 Not even justice,I want to get truth.

ハリル氏が過去のインタビューでも述べていたとおり、日本代表がグループステージを突破するのは困難なモノであると思います。

フットボール批評issue20

フットボール批評issue20

 

また、『フットボール批評』最新号においてフットボールチャンネルの「ポイズン」植田氏が指摘したとおり、過去の戦績からメディア等は「グループステージ敗退=失敗、突破=成功」というイメージを持たれていることもあり、そうした意識が田嶋氏が無謀な解任劇に至った背景にあったのではないかと考えることもできます。

本書で取り上げた、サッカー日本代表の四半世紀に渡る戦術の歴史から学ぶことは多いと思います。繰り返しになりますが、世界大会の中で何が成功し、何が失敗したのかを協会が細部にわたり検証し、世界で闘うために必要なことをブラッシュアップする必要があるのではないでしょうか。代表の歴史から見えてくるのは、日本サッカーの進歩の陰に潜む、統括組織である日本サッカー協会の機能不全であったと思います。

本書を読み終えて、今そこにあるW杯を備えて、改めて問いたい。あなたたちが述べる正義などはどうでもいい。真実は何なのだ?

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