ぶらり人生途中下車の旅

ボンクラライフ

『フォックスキャッチャー』

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■ 実際の事件にもとづいた映画

今年、最初の映画の感想。毎年、この時期はアカデミー賞候補作品が日本の映画館でもズラリと並んでくるので、映画ばかり見ております。今回、私が見てきたのはブラッド・ピッド主演の異色の野球映画『マネーボール』の記憶も新しい、ベネット・ミラー監督の最新作『フォックスキャッチャー』です。正直、アカデミー賞候補云々はあまり理解しないで見に行ったのですが、非常に見ごたえのある良い映画でした。主なあらすじと、映画を見て感じたこと(ネタバレ含)は以下のとおりです。

〇 あらすじ

マーク・シュルツは、1984年に開催されたロサンゼルス五輪レスリングの金メダリスト。世界選手権や次回大会のソウル五輪に向けてトレーニングを続けているが、生活は苦しく、子供向けの講演で得た手当は20ドル、体を大きくしなければならないのにハンバーガーやインスタントラーメンを食べて過ごしていた。そんな彼の前に大きなチャンスが訪れる。デュポン財閥の大富豪であるジョン・デュポンから、自身が設立したチーム『フォックスキャッチャー』のオファーが舞い込んできた。

ジョンはこのチームから五輪で米国に栄光をもたらす選手を送り出そうとする野望を持っており、豪邸にある敷地には設備の整った新しいジムを構え、マークの生活等もジョンが面倒を見てくれるという破格のオファーであった。マークはこの誘いに乗るが、同じレスリング選手で金メダリストの兄・デイブは、ジム経営と現在の家族との生活を選び、オファーを断る。両親が離婚してから寄り添って生きてきた兄と別れ、マークは『フォックスキャッチャー』での生活を始めることになるのだが・・・。

 〇 ジョンの夢とは何だったのか?

本作の主要人物は3人。フォックスキャッチャーを設立し、自らの野望を成し遂げようとした大富豪のジョン・デュポン、そして、彼に導かれてフォックスキャッチャーに足を踏み入れたマークとデイブの兄弟です。ほぼ一定の物語のテンポで進む作中において、この3人の関係性が場面ごとに劇的に変化していくのが本作の特徴であると思います。当初の観客の視点は、ジョンとの出会いを通して変化していくマークの視点に立って語られていくと思うのですが、終盤に進むにしたがって視点が徐々にジョンへと移っていきます。

個人的には、その流れの中で、この物語が、ジョンが抱き、叶わなかった夢の一部始終なのであるということがハッキリと意識されます。敢えて、この映画の主人公を挙げるとすれば、私は迷わずジョンを挙げると思います。

<表向きの「野望」と本当に「望んだもの」>

では、ジョンの夢とは何だったのか。表向きには、当時の東側諸国が強かったレスリング競技において、五輪で米国に栄光をもたらす選手をフォックスキャッチャーから輩出することだと思います。自らを「ゴールデンイーグル」と名乗るほどの愛国者であるジョンらしい発想ではないかと思います。

しかし、作品を見ていくと、そうした野望は彼が本当に望んだものの「ある一面」にすぎないと感じさせます。私は、本当に彼が望んでいたものは、自らに対する「承認」であったのだと考えます。馬を愛して自分を愛さなかった「母親」に対して、生涯において一人も存在しなかった「友人」という存在に対して、さらに米国という「社会」に対して、自らの存在を承認してほしかったという欲求が全ての行動に繋がっていたのではないかと思います。

<「孤独」と「承認」の中にある現代性>

そう考えていくと、孤独と承認という構造においては、一族から引き継ぐ莫大な財産を背景にした大富豪のジョンが抱えていた感情と今般のSNSが発達した社会で若者を中心に駆り立てられている意識の部分は、少し近い部分があるのかもしれないなと感じました。1980年代の事件を描いた本作ではありますが、2010年代に公開されたことに偶然中の必然を見出した気がします。

〇 言葉以上に雄弁であった視線


上記は物語を読み取る観点から考えていきましたが、映像作品・映画を見る側に立って考えると、『マネーボール』で感じた点ですが、ベネット・ミラー監督のテンポは個人的に用度良い。上でも書きましたが、あまり緩急をつけずに一定のテンポで物語を進みながらも、作品の内容が徐々に変質していくギャップはかなり好きです。また、『マネーボール』でも感じたのですが、BGMはあまり流すことなく、無音を含めて作中で発せられる音を中心に物語を構成している点も個人的には好きです。

そうした意味では、観客としては一挙一動に細かい点に集中できる環境だと思います。見ていて気になったのは、登場人物の視線です。本作は、登場人物の台詞もそこまで多くない作品で、少なくとも昨今の邦画でよく見られるような、説明調の台詞はまず存在しなかったです(ビデオのナレーションで情報補強という荒業はありましたが)。しかし、言葉以上に彼らの訴えかけるような視線が何よりも雄弁でした。視線を向ける・向けないことで心の距離感を伝え、視線の鋭さで目を向ける人物への感情を露わにする。話してもらっているかのように、手に取るように登場人物の心情がわかったのがとても印象に残りました。

 〇 プロレス・格闘技ファンの目線から

最後に余談ではありますが、自身も若干の心得があるプロレス・格闘技の視点から。まず、ルール等の細かい点が触れられていませんが、レスリングが舞台になっていることが本作に興味を持った点です。米国のレスリングの金メダリストといえば、カート・アングルを連想させるのがアメプロ脳なのですが、本作ではレスリング選手の当時の苦しい環境を描いていたので意外にも感じました。

日本であれば、大学卒業後も自衛隊・警察などでレスリングを続けていく環境が整っており、他方では、古くからアマレスとプロレス界の交流は古くから盛んでした。それだけに、マークのような金メダリストが抱える苦しさというのは、ピンとこなかったりもします。そう考えると、作中にも度々登場してきた総合格闘技の存在、アングルのプロレスデビューの意味合いも、また違った意味で捉え方ができると思います。

また、パンフレットで柳澤健さんも指摘していましたが、実際のスパーリングも含めて非常にレスリング描写がしっかりと描かれていたのも良かったです。特に、デイブ役のマーク・ラファロレスリング経験者(コーチは日本レスリング界の父・八田一郎氏の次男だったそうだ)に加えて、今回のデイブのプレイスタイルに合わせてトレーニングに取組んだそうで、技巧派レスラーの印象をしっかりと表現できていたと思います。良い緊張感とリアリティがあって、兄弟のスパーリングシーンなんかは単純に見ごたえがありました。

 

以上です。『マネーボール』と同様、原案のような状態から、リサーチを重ねて作品として仕上げてきた監督の手腕にも脱帽ですし、アカデミー賞候補に連ねるスティーブ・カレル、マーク・ラファロの2人、マークを務めたチャニング・テイタムの演技は三者三様の良さがあった。コレはに見に行ってよかったです。

なお、映画タイトルでもある「フォックスキャッチャー」の意味については、TBSラジオ『たまむすび』の町山智浩さんのコラムで簡単に説明していただいております。

 

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