ぶらり人生途中下車の旅

ボンクラライフ

読了:柳澤健『2011年の棚橋弘至と中邑真輔』

2011年の棚橋弘至と中邑真輔

2011年の棚橋弘至と中邑真輔

 

新日本プロレス、再生の物語

『1973年のアントニオ猪木』等で知られる柳澤健氏の最新刊。自分自身がプロレス会場にも足を運んでいた時期の出来事だけに、候補に2人の名前を挙げた時に「是非読みたい」と思っていた題材でもあります。

総合格闘技ブームと「純プロレス」の時代

21世紀を迎えた日本のマット界では、総合格闘技が盛り上がりを見せました。UWF佐山聡を出発点とする格闘技興業が、K-1・PRIDEの拡大により、大晦日番組の一角として名を連ねるまでに成長。世界各国から日本に集まった格闘家たちが最強の称号をかけて戦いを繰り広げる格闘ロマンは、多くの人を魅了しました。

空前の総合格闘技ブームに対して、プロレス界は異なる魅力を強く打ち出すことに活路を見出しました。印象的だったのは、全日本プロレスに活躍の場を移した武藤敬司。武藤は「プロレスLOVE」を合言葉に強烈な輝きを放ち、老舗団体を舞台にプロレスならではの魅力を発信していきました。

また、三沢光晴が率いるプロレスリング・ノアは、GHCヘビー級王者に君臨した絶対王者小橋建太が数々の激闘を繰り広げ、2年連続で東京ドーム大会を開催するなど、「純プロレス」という言葉とともに、揺れ動くプロレス界の砦としての役割を担ってきました。

この他、華麗なる技の攻防と独特の世界観を構築するドラゴンゲート、エンタテイメント要素を多く取り込んだ「ハッスル」の誕生など、プロレスらしさを追求し、格闘技との差別化を模索した時期であったと考えています。

〇 迷走する新日本プロレス

一方、当時の新日本プロレスは、本書でも取り上げられたように、猪木の度重なる介入により、リング内外に大きな混乱が起こりました。所属選手の格闘技興業への出撃、アルティメットクラッシュ開催、「プロレスとは最強の格闘技である」という過去の商売文句が呪縛と化し、格闘技色の強いプロレスを改めて志向したことで迷走し、前述の武藤をはじめ、所属選手・スタッフが離脱していきました。

苦境の中で、会社が新たなスターとして期待されたのは、棚橋弘至中邑真輔の2人。しかし、試合の勝敗以上にファンの支持が非常に重要なプロレスの世界において「会社に推されているが、ファンの支持が伸びない」印象は抜け出せませんでした。

同時期に猛威を振るっていた高山・鈴木みのるをはじめとする外敵陣営に加えて、ファンと同様に団体に高い忠誠を尽くす永田・天山の第三世代の存在を上回ることができませんでした。この時期のマッチメイクを担当していた上井文彦永田裕志あたりのコメントは興味深かったです。

〇 愛を叫び続けた棚橋、己のスタイルを確立した中邑

本書を進めていく中で、やる気が空回り気味に感じていた棚橋が徐々に変化した背景には、多くの人たちに伝わるように「魅せる」部分をリングの中で上手く表現できるようになったからだと感じました。

批判されていた自身の立場を活かして、ヒールチャンプ・ナルシストというキャラを打ち出すことで観客のボルテージを上げる工夫をしたり、多くの人に伝わるような技を使ったり、正確な表現ではないかもしれませんが、徹底的な顧客目線で取組むことで、顧客満足度を高め、団体と自身の評価に繋げていったのではないかと思います。

苦労の方が多かったと思いますが、試行錯誤をしながら、新しいレスラー像を作り上げた棚橋は、第三世代、三銃士、そして猪木という存在を乗り越えて、団体の顔=エースに成長したというのは大きな偉業だと思います。

一方、アントニオ猪木に振り回され、総合格闘技参戦など、若い時から会社を背負う立場を担わされた中邑真輔は、棚橋を中心に変わりゆく新日マットの中でストロングスタイルの呪縛から抜け出せず苦悩しているようにも見えました。

しかし、メキシコマットの経験を経て彼が辿り着いた「キング・オブ・ストロングスタイル」は、呪縛を解き放ち、全く見たことがないプロレスの姿を提示してくれたと思います。本書が提示した2011年の新日本プロレスにおける中邑の進化は、団体のエースとしてIWGP王者として防衛を続けた棚橋とともに、新日の新たな象徴であり、団体の未来に光をもたらしたのではないかと思います。

〇 2018年の新日本プロレス棚橋弘至

現在、新日本プロレスの最前線には、棚橋・中邑の顔はありません。棚橋との度重なるIWGP王座戦を戦い抜き、若くして業界の顔にまで成長した「レインメーカーオカダ・カズチカロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンを率いる内藤哲也、外国人レスラーのトップに上り詰めたケニー・オメガが牽引しています。

中邑はWWEに活躍の場を移し、築き上げた「キング・オブ・ストロングスタイル」を変えることなくスーパースターの道のりを歩んでいます。簡単ではないかもしれませんが、団体の頂点を目指してほしいところです。

そして、棚橋はIWGPヘビー級戦線から一歩退いたものの、今も休むことなく変わることなくメディア等を通じて世間とプロレスの接点を作るべく奮闘しています。

あまりにも劇的なリング上の変化は、それだけ新日本プロレスが活性化している証拠であり、素晴らしいことだと思います。一方、本書を読み終えて、棚橋がその輪の中から少し外れているのが寂しくも感じました。40代に達し、鍛錬を重ねるレスラーであっても無理がきかないかもしれません。しかしながら、苦境から這い上がり、新たな道を作り上げた棚橋なら、何かを見せてくれるのではないかと期待している自分がいます。

プロレス史に語り継ぎたい再生の物語。そして、その先にある2人の物語を改めて追いかけたくなる熱い本でした。プロレス熱が久々に上がりました。

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