ぶらり人生途中下車の旅

ボンクラライフ

『少女は自転車にのって』


■ 我々が知られざるサウジアラビア
年末に神保町の岩波ホールサウジアラビア初の長編映画『少女は自転車にのって』を見てきました。世界随一の産油国として知られるサウジアラビアという国ですが、その国の実態や社会について私はほとんど知りませんでした。本作を通じて、サウジアラビアならびにイスラム国家の慣習等を垣間見るとともに、そうした背景の中での少女の姿というのにとても感動を覚えました。

本作は、主人公の少女・ワジラが少年たちと同じように自転車に乗りたいという願望を何とかして叶えようと奮闘するというストーリーです。イスラム教の戒律や慣習に厳しいサウジアラビア(宗教警察も存在する)では、女性が自転車や自動車を運転する行為は認められていません*1。もちろん、母親をはじめ、多くの人は彼女の願望には否定的です。しかし、おてんば娘のワジラはめげることなく果敢に挑んでいきます。本作において、私が印象に残ったのは次の2点です。

○ 3人の女性の異なるスタンスについて
本作では、異なるスタンスに位置する3人の少女・女性の姿が描かれたことが印象的でした。1人は主人公であるワジラで、背伸びをしてる部分もありますが、子供らしく、宗教上の慣習や決まりごとに囚われずに自分の希望や思いをストレートに大人にぶつけていきます。反攻的にも見えるかもしれませんが、両親を愛し、物事には熱心に取り組むいい子だと思いました。
一方、ワジラの母親はこうした宗教上の慣習やルールには厳しい方として描かれていて、この点に関してはワジラに厳しく接する場面が多く見られました。そんな母親は派手なドレスも見事に着こなす美人で、歌を歌うのもとても上手で、こうした社会でなければ活躍の場が広がったのではないかと思わせたり、その反面で男の子を産めないために夫と疎遠になるという事態にも陥ってしまいます。社会の中で複雑な立場に置かれてしまう女性像というのをワジラの母親は描いていたと思います。
他方、ワジラたち生徒に対して厳しく接する立場にある学校の校長先生は、校内(室内)では着飾った服装に身をまとい、男性と不倫関係にあるという噂が流されるなど、風習の中で「上手くやっている」大人の姿を描いています。これもまた、ワジラや母親とはまた対称的に描かれていたと思います。

イスラム国家・サウジアラビア「日常」を描く
上記でも少し触れましたが、本作では、主人公・ワジラの日常生活の風景を通じて、あまり知ることのなかったイスラム国家・サウジアラビアの姿を描いています。例えば、服装の着こなし、1日5回あるという礼拝の風景(作中では早朝の礼拝、おそらく日没前の礼拝の場面が描かれます)、一夫多妻制と跡取りの問題等の宗教が密接にリンクした場面などは非常に印象的でした。
しかし、本作はこうしたイスラム社会の慣習を批判的に描いているわけではありません。あくまでも、1つの社会の日常風景として描くことに徹しています。ワジラが自転車に乗りたいという願望もまた同様で、宗教的な慣習に対する反発する行動と言うわけではなく、あくまで子供の純粋な願望として描いています。それにも大変好感を覚えました。

いずれにしても、作中において、何が(誰か)が正しい、間違っているということを示しているのではなく、いかなる社会にも様々な人がいて、様々な考えがあることを描いているのだと思います。一方的にならず、あくまで中立的な視点に立ち続けたことで、この映画が「社会を映す鏡」になっていたと考えています。本当、胸に響く作品でした。おススメです。

*1:米国在住の映画評論家・町山智浩氏によると、本作の後、サウジアラビアで女性が自転車に乗ることが正式に認められたそうです