ぶらり人生途中下車の旅

ボンクラライフ

メモ:押井守監督とともに語る新作『スカイ・クロラ』のためのシンポジウム

7月22日に早稲田大学で開催されたシンポジウム。『スカイ・クロラ』鑑賞前に
情報整理を兼ねて、そのイベントで印象に残った監督のコメントをまとめてみる。


■ 「時間」や「生と死」の見える化に向けた戦略とは何か?
これは、今回のシンポジウムのパネラーだった坂内太教授(早稲田大学)からの質問。
「見えないものを見える」ようにするために、監督はどのような手法を用いたのか?
教授が質問の際に、独特のオーラをもったアイルランドを今回の舞台としてイメージ
している部分に鍵があるのではないかという仮説を挙げている。これは正解のようだ。


まず、監督の私見として、最近の映画はキャスティングから作品作りが始まり、
そこから逆算する形でシナリオ、スケジュール等が決まっていくと述べていた*1
コレに対して、監督は何から発想するのかといえばベースとなる「世界観」だという。
その原型となる風景*2を求め、ロケハンに出る。それが今回はアイルランド*3

アイルランドのもつ特異性のひとつに、監督は土地の持つ特有の時間を挙げた。
西欧の西の果てに位置した土地の風雅・文化が織り成す、人が感じる時間のことだ。
監督が映画の内実は「時間をビジュアル化すること」だというのが発見だったという。


もう一つ、監督がアイルランドという土地に求めたのは「物語の外部」と述べた。
物語の外部の一つとして背景を取り上げ、特にアニメは質感の異なる背景の絵を重ねる
ことで成立しているという点で、背景と人物が同居する実写とは異なる意味合いを持つ。
質感の異なる背景を重ねるということでアニメは異なる時間を重ねることになるという。


カットとカットの切り替えによる時間操作というのは、映画の初歩的な演出であるが
独特の時間が流れるアイルランドの背景を重ねて作られた『スカイ・クロラ』の世界は
どれだけの時間が経過したのかが曖昧に見え*4、それが「映画の時間」*5だとか。


■ 映画には変化しない構図がある
これはパネラーの一人であった高橋透教授の質問から派生した話題だったと思う。
「生」と「死」という概念を「地上」と「空(雲の上)」の対比で捉えたときに、
地上にあるのは「現実」であり、空というのは「生と死もいない世界」と述べた。


キルドレにとって、雲の上の世界は魅力的だが彼らは空では生きることができない。
そして、彼らは地上という「湿った世界」でしか生も死も発生しないことになる。
それが「変化しない構図」であり「絶えず変化する」ドラマとの違いだと述べた。


監督は同時に「変化しない構図」を描くためには無垢な演出・絵が必要であり、
それこそ、監督の脳内にあるという「外部の絵」だとも述べていた*6


■ 監督と価値観の変容と恋愛に関する考え方
高橋教授は質問の中で『Ghost in the Shell』の素子と『スカイ・クロラ』の水素の思考
の相違を指摘しており、これは監督の価値観の変容を表すのかという疑問をぶつけた。
これも実は正解だという。監督は『機動警察パトレイバー2』以降、主人公は女性でいく
と決めており、ヒロインの価値観の変容こそ、まさに自分の考えへの変容だとか。


監督は『生きることの情熱はどこにあるのか?』という疑問に対して、
『自分以外の誰かにある』と考え、『攻殻』や『イノセンス』では人形や犬と思っていた。
しかし、今回の『スカイ・クロラ』は人間ではないかと考えるようになったのだという*7


また、学生からの質問の中で恋愛感に対する質問が出てきて、これもまた独特。
キルドレという大人にならない登場人物たちが本作品の中核を担っているわけだが、
彼らは「外の空で戦うこと」と「地上で生きること」の双方を宿命づけられている。
これを監督は「人生そのもの」だと述べ、その位置づけを恋愛にも似ているという。


恋愛とは「恋人といる時間」と「恋人がいない時間」というのが同居している。
キルドレたちが早く空に向かいたいように、恋愛をする人も早く恋人に会いたい
と思うが、ずっと恋人といることはできない。キルドレが地上で暮らすように、
恋人たちもまた相手のいない時間を過ごすことになる。結婚は着陸点の一つだ。


だから、監督にとって恋愛とは人間と人間のかかわりの特殊な時間なのだという。
映画の尺で、その課程を全て描くことができない。だから『スカイ・クロラ』では
どちらかが忘れてて、思い出すストーリー」(ネタバレ含)という発明をしたとか*8
そして、そうした意味では『スカイ・クロラ』も恋愛をテーマにした映画でもあるので、
アニメの恋愛映画として記憶されたいというコメントを残し、この質問を切り抜けた(笑)


他にも面白いことを色々と話していたんですが、印象深かったのはここら辺でした。
残りは実際に見に行ったときの感想の中でも書いていければと思っています。

*1:その際に「花より何ちゃら」と何とも微妙な濁し方で具体例を挙げていたが。。

*2:具体例として宮崎駿監督作品を取り上げ、例えば『カリオストロの城』におけるイタリアの有名な山岳都市や『ラピュタ』における炭鉱街というのも原型となる風景があると述べていた

*3:押井監督がアイルランドに初めて行った時は宮崎駿氏に旅費をもってもらったとか。ちなみに『千と千尋の神隠し』でも、密かにアイルランドのイメージが紛れ込んでいるとか

*4:ただし、作中をよく見ればヒントや情報というのはあるとも述べていた

*5:逆に近年のように時間を明確に伝えていくのは「自殺行為」とも語っていた

*6:監督はこの「無垢な絵」の必要性を劇場版『パトレイバー』の制作時に感じたという

*7:イノセンス』以降、愛犬の死と娘の結婚という変化が大きかったと述べていた。

*8:ただし発見といいながらも既に岩井俊二氏や行定勲氏が用いていることを言及